2008年05月31日
たくさんあればたくさん迷います
トレード生活において、検証や反省をする場合、いったい何をテーマにしたらいいのでしょうか?たとえば、あるテクニカルのルールを設けたとして、そのルールどおりトレードをして、負けてしまったとしましょう。その時に、果たして反省や再検証の必要があるのでしょうか?答えはほとんどの場合NOでしょうね。なぜなら、あるテクニカルのルールでエントリーしてダメだったわけですから、そのテクニカルが、その日その時の相場に合わなかったということですので、反省しても何も得るものはありません。忘れてしまうのがいいですね。
それでは、負け続けたらどうでしょう?これはそのルールに従って、年単位で結果を出している場合と、始めて間もない場合とで、リアクションに違いがあると思います。前者は、年単位で結果を出してきたプロセスの中で、一度や二度そのような経験があるでしょうから、やはりそんなものだと考えることと思います。後者は、経験値が少ないので、そのルールに対して非常に疑心暗鬼になるところです。
それでは、疑心暗鬼になったら、どのような行動をとるでしょうか?まず、そのルールの出所が、ごく短い期間の検証において見出されたものならば、もう少し長いスパンで検証をすることになるかもしれませんね。手法確立のプロセスとしては、悪くない選択だとは思います。別のリアクションとして、カーブフィッティングさせた考えることが挙げられます。つまり、たとえば20本の移動平均を使う手法だった場合、50本だったらどうだったのか、5分足チャートを使う手法だった場合、3分や1分だったらどうなったのかを考えたりします。そして、「たまたま」3分足で見てみたら、今日のはすべて勝てるところだった・・・などと結論付けてしまったりします。そして、近い将来同じような局面で、同じようなことをします。そして、同じように負けていきます。
それでは、いくつかのルールがあった場合、どうでしょう?この武器は今日はダメだったけど、この武器はいい働きしていたな・・そうか、この武器なら勝てたんだ・・・などと考えたりします。一見、いくつかの武器があれば、心強いですよね。普通はそう考えます。戦場に向かうにあたって、武器を複数持っていることは、心理的なバックボーンを得ることになるので、普通は「有利」と考えます。本当にそうでしょうか?わたしはそうは思えないのです。
225先物を戦場とするならば、そこで武器を使い分けるなんてことは、相当熟練した域に達しないと、まずは無理と考えたほうがいいでしょう。この場合、熟練していない事を前提にしたお話ですから、まずは不可能ですし、「そうか!この手法もいけるかも!!よかったぁ・・これで選択肢が増えたから、今日のような局面ではこれ使おう!!!昨日の場合はこっち!!!」などと安易に喜んだりすると、もうそこからは、手法選択という名の「袋小路」に入って出てこれなくなるか、武器は複数持てど、いざ実戦でチョイス出来ずに持っているだけ、最後は「逃げるが勝ち」の境地に入り、傍観者と化します。武器は使ってこその武器、使い慣れていないと、「暴発」するかもしれませんから。
なぜこのような状態に陥りやすくなるのか申しますと、ありもしない「必勝法」を求めるがごとく、一本一本のローソク足の動きを注視してしまい、大局的に見れなくなってしまっているからに他なりません。「必勝法」があったら世の中を支配できますし、あるとしたら、われわれレベルには到底たどり着けない、テクニカルとか、ファンダメンタルとかを超越した次元のもの、すなわち知ることが許されない領域のものであると考えます。あくまでも、あるとしたらのお話です。
人は、上手くいかない時に、自分を納得させるために、必ず弁解の余地を与えたり、希望に満ちた言葉を以って、無理やり鼓舞したりします。簡単に言うと、現実を見なくなります。あんなに勉強したんだからとか、やれば出来るって言われたとか、自分のやってきたことを否定する思考を排除しようとします。どうでしょう?やり続けることと、あきらめてしまう事はどちらがエネルギーが必要ですか?やり続けることは、走り続けることですから、そちらのほうがエネルギーを要するでしょうか?私は、続けることの方がエネルギーを要するという考えを持つ事は、実は非常に危険なことだと考えています。
人はやり続ける事を美化する傾向があります。やり続けることを必要以上に賞賛する嫌いがあります。反対に、やめること、諦める事に美学を見出せないものです。しかし、「やりたいと思って始めた事」を諦める事は、「実は諦めなきゃいけない事」を続けるよりは、ずっとエネルギーが必要だと思うのです。普通に考えても、何かを諦める事は悔しい事ですし、そこに費やした時間や、エネルギー、犠牲にしてきたもの、それらを考えると、やめる事、諦める事は、続けることよりエネルギーが必要ともいえると思うのです。さらに、以前ブログにも書きました、「サンクスコスト」の問題もあります。費やしたものが多ければ多いほど、本来損する方法を選択してしまう、悲しい心理も存在します。
手法を考えるときに、「臨機応変に」という言葉が頭に浮かんできたら、それは危険シグナルです。臨機応変とは、言い換えれば確たるものがないということです。確たるものなんてあるわけないと考えているのならば、臨機応変は大いに結構だと思います。私もそれならば臨機応変は肯定します。確たるものがあると考えているのならば、臨機応変は矛盾の世界への入り口になってしまいます。裁量トレードは最良な裁量で行うトレードです。期待値的に最良なのか、心理的に最良なのか、裁量が最良であるためには、臨機応変が不可欠です。しかし、今やっていることが、臨機応変と矛盾することならば、どちらかを諦めなければいけませんね。トレードに限らず、何かを捨てることは難しいですが、何かを捨てないと、新しいものは入って来ないですし、新たな発想は生まれませんから。
書いているうちに、逸れそうになるのを修正しながら書いています(笑)結論は、私のようなものが言うのはおこがましいので、お読みになって何をお感じになるかは、お任せするとします。長々お付き合いいただきありがとうございました。今日は朝からチビとお出かけです。こちらは今日まで肌寒いとか・・・。明日は初夏の日差しが戻ってきそうです。それではまた明日に!!
何かを感じましたらお願いいたします。
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それでは、負け続けたらどうでしょう?これはそのルールに従って、年単位で結果を出している場合と、始めて間もない場合とで、リアクションに違いがあると思います。前者は、年単位で結果を出してきたプロセスの中で、一度や二度そのような経験があるでしょうから、やはりそんなものだと考えることと思います。後者は、経験値が少ないので、そのルールに対して非常に疑心暗鬼になるところです。
それでは、疑心暗鬼になったら、どのような行動をとるでしょうか?まず、そのルールの出所が、ごく短い期間の検証において見出されたものならば、もう少し長いスパンで検証をすることになるかもしれませんね。手法確立のプロセスとしては、悪くない選択だとは思います。別のリアクションとして、カーブフィッティングさせた考えることが挙げられます。つまり、たとえば20本の移動平均を使う手法だった場合、50本だったらどうだったのか、5分足チャートを使う手法だった場合、3分や1分だったらどうなったのかを考えたりします。そして、「たまたま」3分足で見てみたら、今日のはすべて勝てるところだった・・・などと結論付けてしまったりします。そして、近い将来同じような局面で、同じようなことをします。そして、同じように負けていきます。
それでは、いくつかのルールがあった場合、どうでしょう?この武器は今日はダメだったけど、この武器はいい働きしていたな・・そうか、この武器なら勝てたんだ・・・などと考えたりします。一見、いくつかの武器があれば、心強いですよね。普通はそう考えます。戦場に向かうにあたって、武器を複数持っていることは、心理的なバックボーンを得ることになるので、普通は「有利」と考えます。本当にそうでしょうか?わたしはそうは思えないのです。
225先物を戦場とするならば、そこで武器を使い分けるなんてことは、相当熟練した域に達しないと、まずは無理と考えたほうがいいでしょう。この場合、熟練していない事を前提にしたお話ですから、まずは不可能ですし、「そうか!この手法もいけるかも!!よかったぁ・・これで選択肢が増えたから、今日のような局面ではこれ使おう!!!昨日の場合はこっち!!!」などと安易に喜んだりすると、もうそこからは、手法選択という名の「袋小路」に入って出てこれなくなるか、武器は複数持てど、いざ実戦でチョイス出来ずに持っているだけ、最後は「逃げるが勝ち」の境地に入り、傍観者と化します。武器は使ってこその武器、使い慣れていないと、「暴発」するかもしれませんから。
なぜこのような状態に陥りやすくなるのか申しますと、ありもしない「必勝法」を求めるがごとく、一本一本のローソク足の動きを注視してしまい、大局的に見れなくなってしまっているからに他なりません。「必勝法」があったら世の中を支配できますし、あるとしたら、われわれレベルには到底たどり着けない、テクニカルとか、ファンダメンタルとかを超越した次元のもの、すなわち知ることが許されない領域のものであると考えます。あくまでも、あるとしたらのお話です。
人は、上手くいかない時に、自分を納得させるために、必ず弁解の余地を与えたり、希望に満ちた言葉を以って、無理やり鼓舞したりします。簡単に言うと、現実を見なくなります。あんなに勉強したんだからとか、やれば出来るって言われたとか、自分のやってきたことを否定する思考を排除しようとします。どうでしょう?やり続けることと、あきらめてしまう事はどちらがエネルギーが必要ですか?やり続けることは、走り続けることですから、そちらのほうがエネルギーを要するでしょうか?私は、続けることの方がエネルギーを要するという考えを持つ事は、実は非常に危険なことだと考えています。
人はやり続ける事を美化する傾向があります。やり続けることを必要以上に賞賛する嫌いがあります。反対に、やめること、諦める事に美学を見出せないものです。しかし、「やりたいと思って始めた事」を諦める事は、「実は諦めなきゃいけない事」を続けるよりは、ずっとエネルギーが必要だと思うのです。普通に考えても、何かを諦める事は悔しい事ですし、そこに費やした時間や、エネルギー、犠牲にしてきたもの、それらを考えると、やめる事、諦める事は、続けることよりエネルギーが必要ともいえると思うのです。さらに、以前ブログにも書きました、「サンクスコスト」の問題もあります。費やしたものが多ければ多いほど、本来損する方法を選択してしまう、悲しい心理も存在します。
手法を考えるときに、「臨機応変に」という言葉が頭に浮かんできたら、それは危険シグナルです。臨機応変とは、言い換えれば確たるものがないということです。確たるものなんてあるわけないと考えているのならば、臨機応変は大いに結構だと思います。私もそれならば臨機応変は肯定します。確たるものがあると考えているのならば、臨機応変は矛盾の世界への入り口になってしまいます。裁量トレードは最良な裁量で行うトレードです。期待値的に最良なのか、心理的に最良なのか、裁量が最良であるためには、臨機応変が不可欠です。しかし、今やっていることが、臨機応変と矛盾することならば、どちらかを諦めなければいけませんね。トレードに限らず、何かを捨てることは難しいですが、何かを捨てないと、新しいものは入って来ないですし、新たな発想は生まれませんから。
書いているうちに、逸れそうになるのを修正しながら書いています(笑)結論は、私のようなものが言うのはおこがましいので、お読みになって何をお感じになるかは、お任せするとします。長々お付き合いいただきありがとうございました。今日は朝からチビとお出かけです。こちらは今日まで肌寒いとか・・・。明日は初夏の日差しが戻ってきそうです。それではまた明日に!!
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